『クリスマス・イブ×20』

【1.クリスマス←←】

  

サンタクロースなんて信じちゃいない。

だって、ぼくんちに一度も来たことがないもの。
ぼくは知ってるんだ。あれはみんなのお父さん、お母さんが眠っている僕らの枕元にそっとプレゼントを置いてくれるだけってこと。ウチにはお母さんはいないし、お父さんは忙しくてがちがちの石頭、ほら、うちにサンタクロースが来たことないのもこれで理由づくよ。
それに、ぼくんちは貧しいんだ。だからさ、みんなみたいにクリスマスに浮かれてるわけにはいかないのさ。仕方ない。
そうは言っても、明日からみんなの友達のクリスマスプレゼント自慢をえんえんと聞かされることを思うと少しうんざりしちゃって、クリスマスイブの夜にはふさわしくないブルーな気持ちにはなるけどさ。
ふさわしくないと言っても、クリスマスイブが特別な日だっていう感覚もあんまない。毎年友達に自慢される話によると、みんなの家のイブってのはプレゼント以外にも特別で、七面鳥やケーキ、色とりどりのおいしいごちそうが出たり、おうちでパーティーをしたり、それはそれは楽しいらしいんだよね。もちろんぼくのうちではそんなことはひとつもないけれど、さすがに毎年そんな話を聞かされてればやっぱりクリスマスは特別だなと思うようになってくるよ。もちろん、ぼくの家でもなにか少しでも変わった出来事があれば、ほんとうに特別な日になるんだけどな。
以前に一度、お父さんにクリスマスをやろうよって言ってみたこともある。まぁ、その結果はご想像のとおり、ゲンコツとお小言のプレゼント。まったく、一年に一度くらいぜいたくしてもいいのにと思うよ。

「あーあ、サンタクロースが本当にいてくれたらいいのにな」
そんなせりふが知らず知らずのうちに口から出てきてしまって、その言葉を捕まえるようにぼくは口を押さえた。
もちろん本気じゃないさ!そんな夢物語。けど、そう呟いてやりたくもなるもんさ。もしサンタクロースがいるのなら一度だけでもいい、ぼくの家にも、ちゃんと訪れてプレゼントをよこしてみろよ。

さて、こんな感じにひとりでぷりぷりとしているということは、今年のクリスマスイブも例年と同じだったということ。
待ってても何もないし、部屋も寒くなってきたし、パジャマを着て布団にもぐるとしますか。そんなこんなで今日を終わらせる準備をすましたぼくは、窓のすきまから吹きすさぶ冷たい風にたたかうために布団を鼻までかぶって目をつむった。
冬の静かな夜は、耳をすますと町中の音が聞こえてきそうなほど。ああ、今日なんかは他の家の楽しいパーティーの音が聞こえてきてしまいそうだ。いつもは鼻までの布団をすっぽりと頭まで被って何も聞こえないようにして、はやく寝てしまえと自分に言い聞かせた。
変にこうふんしてしまって、なかなか寝ることができなかったけれど、布団が自分の体温で少しずつ温まっていくにつれて、うとうととまぶたの裏の暗闇はむらさきがかって、頭も足も始めからなんにもついてなかったかのようになっていく。
夜のくろより、もっとくろいオヤスミの世界がゆっくりとやってくる。

そこまでは毎年と一緒。
だけど今年、そんなまっくらやみの中で、聞きなれない音がひびいた。

―しゃんしゃんしゃん。

それは鈴の音だ。

―しゃんしゃんしゃん、りんりんりん、りんしゃんとん、りんしゃんりんしゃんしゃん。

どーん!!

鈴の気持ちいい音から、いきなりの大きな音で、ぼくは真っ黒の世界から呼び戻され布団から顔を出した。
部屋の窓が大きく開いていた。冷たい風が一気に入ってきていて頬や耳にぴりぴりと寒さをはこんでくる。僕はその窓の先を目を細くして見つめた。
なんにもかわったところのないいつもの夜色のけしきから、とつぜん目にまぶしい真っ赤と白が表れた。

「メリークリスマス! おめでとう」
そこには、テレビや絵本で見慣れたあの姿が立っていた。その人は脇にはさんだ小包を窓から部屋の中へ、ちょっとらんぼうに投げ入れる。
僕は布団を飛び起きて、いろんなことを聞こうとして、聞こうとしたことがイロイロすぎて、なにも言わないでその姿を見ていた。
その人は小包を置き終わると「人からものもらったら、ちゃんとお礼を言えよ!」と言い残してすーっと窓から離れていったので、ありがとうを急いで言った。
冷たい風がびゅっと吹いたかと思うと、窓はまたおっきな音を立ててバタリと閉まった。

あの人の行く先とか、勝手にしまった窓とか、いやそもそもあの人の存在自体のこととか、いろんなことが気になったけれど、ぼくにとっては窓の下に置かれた小包の中身の方がもっともっと気になった。
「なにが入っているんだろう」
僕はそわそわして包み紙をやぶきながら、中身を思い浮かべた。サッカーボールだったらいいんだけど、手のひらに収まるこの箱の大きさじゃ違うなぁ。
あっという間に包み紙をびりびりにやぶいて、きれいで高そうな箱を開ける。その中身はサッカーボールでも、野球のボールでも、ラジコンやなんやかんやのおもちゃではなくて、とてもきれいな懐中時計だった。
おもちゃ的な遊び道具を期待していたぼくは、ほんのちょぴっとだけガックリはしたけど、それでも初めてもらったクリスマスプレゼント、飛び上がるほど嬉しいことには違いなかった。布団の外はかじかむような寒さだったけれど、そのプレゼントをもっている手だけはなんだか、とても温かい気がした。
窓の外ではしゃんしゃんしゃんと鈴を鳴らす音がまだ聞こえていた。

 

 

 


 

【2.クリスマス・イブ×20→→】

 


今年の冬はどうやら歴史的な寒さらしい。
秋頃に新装開店をしたおもちゃ屋のチェーン店から出てきた鹿野は、自動ドアが開いた途端に鼻水さえも凍りつきそうな北風に吹きっさらされて朝のニュースでお天気コーナーの林田さんがそんなことを言っていたなと思い出した。どうりで寒いわけだ。マフラーをしてくれば良かった。
そうはいってもまだ12月に入ったばかり。これから年末に向けて、寒さはさらに厳しさを増すだろう。今マフラーを巻いていたら、年末になったときに何を首に巻き付ければいいのかわからないので、年の暮れまでもう少し我慢してみるかなと思い直した。
街はそんな我慢を微塵も感じさせずに、ライトが明滅する仕掛けや金色・銀色の綺麗な飾り付けがあちらこちらで夜をまぶしくさせていて、早くもクリスマス気分の様だった。ずいぶんと気が早いもんだなぁと思いつつも、綺麗なクリスマス仕様のラッピングを施された小包が彼の腕にも抱えられていた。

鹿野はクリスマスには人一倍こだわりがあった。どんなに仕事が忙しいときでも、クリスマスイブの夜には家に帰って子供のためにパーティーをして、寝静まったころにプレゼントを枕元にそっと置く。子供が産まれてからの8年間、それを欠かしたことはない。
今年もそれを欠かすわけにはいかない。毎年いちばん気を付けているのが、子供が希望するプレゼントが品切れにより手に入らなくなることだ。特に今年は巷で大人気らしいゲームソフトを息子がサンタさんに希望したので、万が一にも買いそびれることのないように12月の初旬にも関わらず、本日おもちゃ屋さんでクリスマスプレゼントを買ったというわけなのだった。
いくらなんでも少し早すぎるかなとは思ったが、今日おもちゃ屋でその商品が品薄になっているのを見る限り、この判断はどうやら大正解だったようだ。
一年にたった一度しかやってこない失敗の許されないクリスマスが近づいてソワソワしていた鹿野だったが、今年も無事にプレゼントを枕元に置くことができそうだなとほっと胸を撫で下ろした。心を占めていた出来事がひと段落ついて、他のことを考える余裕ができる。そしてその余裕はすぐに冷たい風に吹き込まれていっぱいになった。
こんだけ寒い冬ならば、クリスマスには雪が降るかもな。そんな風に思って空を見上げると、イルミネーションに比べて弱弱しい星の光がまばらに明るく雪の便りを見つけることは出来なそうだったが、それとは別の全く見るつもりのなかった景色を見つけた。
おもちゃ屋の向かいに建つビルの屋上に人影。その人影は今にも飛び降りんとばかりに柵に両手をかけているようだった。
鹿野は考える間も無く、弾けるように駆け出していた。そのビルに入って階段を一足飛びに上って屋上に飛び出る。
「なにしてるんですか!」
鹿野の口から条件反射的に言葉が出た。言葉が出たその後で、その飛び降りようとしている人の格好が目に入った。真っ赤な服の上下にエリや袖口は白いモコモコ、振り返ったその顔には白いひげ。日本中の誰もが見てわかるこの姿、サンタクロースだった。
「なにをって? ここは立ち入り禁止だったかい」
「立ち入り禁止とかそういう問題じゃないです。飛び降りなんかしちゃ駄目です! ましてや、サンタさんがそんなことをしたら子供達の希望が」
一瞬、サンタクロースは怪訝そうな表情をしたが、すぐにどんよりと暗い顔になって語り始めた。その声は想像していたよりもしわがれていなかった。
「嬉しいことを言ってくれるね。でももう、むなしくなっちゃってね。辞めたくなったんだよ、なにもかも」
そう言ってサンタクロースは厳しい顔付きになって、きらびやかなネオンで楽しそうな通りを見つめた。
「…なーんちゃってねー。うそうそ、うそぴょん」
「は?」 
「いや、だから嘘だって。冗談だよ。てか、こんな低いビルから飛び降りたとしてもよっぽど打ち所が悪くない限り死ねないよ。そんな痛い死に方やだね」
鹿野は体中の血液の温度が上がって頭にのぼっていくのを感じた。なにかを言おうとしたけれどパクパクと口を開くのが精一杯だった。やっとのことで言葉が出た。
「信じらんないです! やっていい冗談とやっちゃいけない冗談があるでしょう」
「いきなり君がやってきて自殺だなんだ言うから、お茶目な僕がノってあげたんでしょう。なんで怒られなきゃなんないのさ」
「じゃー一体こんな屋上でなにやってるっていうんですか、紛らわしい!」
そう言われると彼は待ってましたとばかりに口元に笑みを浮かべ、少し待ちなさいのジェスチャーをしてから、せっせと準備を始めた。帽子を外して少し後退してきたその白髪を赤いヘッドバンドで止めて、ストレッチをしていた。いつの間にやら足下にはラジカセがあって、サンタクロースはその再生スイッチを押す。
重低音が心地よく流れてきて、彼はその音に合わせてグイングインとヒップホップダンスを踊り始めた。太っちょのご老体にも関わらず、やたらキレのある動きを見せていたが一分もしないうちに、イタタと腰を押さえだしてダンスは中断された。
「今はこれが限界。どうよ、クールyeah?」
もうことごとく憧れていたサンタクロースの理想のイメージを打ち壊された鹿野は気のない拍手をしたが、目の前のヒップホップダンサーは偉くご満悦のようだった。
「どうもどうも。しかしこれが問題なんだよ。実はこの通り、ダンスで腰を痛めてしまってね。そうは言ってもクリスマスはやってくる」サンタさんは大きな白い袋を引きずって来て、つま先でつんつんした。
「見たまえ、この袋の中は依頼の山だよ」
サンタクロースはその白い袋の口を開いて見せる。ざっと300通は入っていそうだ。鹿野はサンタクロースらしい面を見れるような気がして少しホッとした。
「あぁ、子供達からのプレゼントの希望の手紙ですか」
「子供のわけなかろう、そんなもん。全部、両親からの依頼だよ。一番安いコースで3万円からだぞ。もっとも、子供でもそんだけ払えるならいくらでも引き受けるがな」
「え、サンタさんてお金取るんですか?」
「遊びじゃないんだ、当たり前だろう! ボランティアでやってるわけじゃない。こんなめんどくさいことお金なしにやれるか」
唖然とした鹿野を気にもせず、サンタクロースは続ける。
「こんな量、昔はあっという間にこなせたんだが、もう歳も歳だし、腰もやられてしまったから無理だ。そこでどうしたもんかなと思ってるところに君が来たわけだ」
一拍おいてチェケラッチョ、彼の中でのヒップホップなポーズで問う。
「さぁ、この状況、どうするブラザー!」
ガチョン。ラジカセの再生ボタンが跳ね上がった。流れっぱなしだったカセットのA面が終わったようだ。
「どうするって…。勝手に俺たちの問題みたいな風にしないでください。僕は関係ないでしょ。ブラザーでもなんでもないし」
「おいおい、つれないこと言うんじゃないよ。地球は助け合って回っているんだぜ。なにも代わりにやってくれって言ってるわけじゃないんだからさ」
続けて小さな声で、ほんとは全部やって欲しいんだけどと言ったが、鹿野は聞こえなかったフリをした。
今までの経験上から、助け合いとか仲間だとか要求する人間に限って自分が助ける役には回らないタイプだということは知っていたので、どうにも手を貸すのは嫌だったが、腐っても元憧れのサンタクロースだし、アドバイスするくらいは良いかなと思って解決策を考えてみる。考えてみるが、シンプルな答えがひとつしか浮かばないのでそれを口にする。
「普通にできる限りの全力でこなしていくしかないんじゃないですか」 
サンタクロースはタバコをふかしなが、あームリムリムリ、だって量多いし、腰痛いし、と一蹴した。
「いや、でも可能な分だけでもやってみたら」
「だめ。ムリ。できない。できない。そういう中途半端になっちゃうことはやらない主義なんだよねー」
帰ろ。鹿野はそう思って、屋上の入り口に向かった。
「実は、これを気にサンタクロースという仕事を辞めようかと思っているんだよね。この世からサンタクロースが消えるのは忍びないけど、俺もそんな若くないし、跡継ぎもいないから仕方ないのかな。あーあ、子供達は悲しむだろうな。独り言だけど」
明らかに独り言の声の大きさじゃないし、まんまといいように操られている気がするけど、クリスマスとサンタクロースは絶対になくしちゃいけない!の気持ちの方が鹿野にとっては大きかったので渋々帰らずに立ち止まった。
「じゃあ、間に合わない分は郵送とかしたらいいんじゃないですか」
「だめ。サンタっぽくない」
「持ち運びやすいプレゼントにするとか」
「だめ。プレゼントは依頼者に指定されてる」
「じゃー、なにがあるっていうんですか。あれもダメ、これもダメ、ダメかどうかはやらないとわからないじゃないですか」
「えー、だめなもんはだめじゃない。ていうかさ、」サンタクロースは鼻毛を抜くのに夢中である。抜く瞬間に顔をゆがめる。
「君が、痛て、全部やってくれればいいんじゃないの」
うわー、最低だ。さりげなく自分の仕事完全放棄しやがった。鹿野はあまりの言葉に凍り付いた。サンタクロースは固まって動かない彼の肩に両手を置いて、真剣な表情で言う。
「よし、君にサンタクロースを引き継ごう」
「冗談…」
「冗談? サンタは冗談を言わんよ。ということで、よろしく頼むよ」
「ちょっと、ちょっと待って下さい」
「なにを待つことがある。サンタクロースだよ、君。みんなの憧れだ。なりたくてなれるもんじゃない」
「そんな、いきなりそんなことを言われても」
「まぁ、それなら取りあえず携帯を貸しなさい」
と鹿野の了解を取るまでもなくポッケから携帯をかすめ盗って、どこかへ電話をしだした。
「あー、もしもし? えっと、一身上の都合で退社させていただきます」
「ちょっと! どこにかけてんですか?」
サンタクロースはグッドサインを出して、俺が責任持って今の仕事を辞めさせてやるとか言いだしたもんだから、鹿野も慌てて携帯を奪い返そうとして揉みくちゃの大乱闘になった。
揉みくっちゃくちゃで、お互い地面が上か下かわからない位だったので、いつの間にか屋上にもう一人の男が現れたことに気づかなかった。その男はなにしてるんですかとか、どうしたんですかとか冷静にたずねていたが、サンタクロースも鹿野もそれに気づかずにひっちゃかめっちゃかやっていったので、屋上にやってきた男もみるみるうちに真っ赤になって大きな声で怒鳴り散らした。
怒鳴り声でやっと2人はやってきた男の存在に気づき、乱闘は終着に向かった。


「―で、お前ら、ひとんちのビルの屋上でなにやってんだ」
どうやら、この人はこのビルの管理人らしく、屋上で変な人たちが暴れているとの報を受けてすっ飛んできたらしい。
鹿野はこんなことで警察に突き出されたら堪らないと思い、冷静に状況を説明しようとした。
「いや、サンタクロースが」
「はぁ、サンタクロースって、まだクリスマスはずっと先だ。おいらのこと馬鹿にしてんのか?」
「あ、どーも」
サンタクロースも管理人さんも同じ位の年齢だと思うが、片方は太っちょで若作りをしていて、もう一方は痩せっぽちで老人然としていたため、サンタクロースのほうがだいぶ若く見えた。
「こんなん、変な格好したおっさんにしか見えんじゃろうが。なんでお前はこれをサンタクロースと信じとるとよ」
「いや、えーなんでだろう。昔、見たことがある気がするから?」
鹿野が喋っている間、サンタクロースをじろじろと見ていた管理人さんの目があるものを見つけたようで、ギョッと見開かれた。その視線の先には、鹿野が買ったクリスマスプレゼントがあった。
「あんたあそこのおもちゃ屋さんでクリスマスプレゼントを買ったのか」
「あ、はい、買いましたけど」
突然、まったく関係ない話題を振られて鹿野は驚いたが、もう弁解はいいのかなと思ってホッと胸をなでおろした。が、なでおろした胸はまたすぐに元に戻された。
「あー、どいつもこいつも! なして、うちで買わない」
「うち?」
「なにすっとぼけてんだ。このビルの一階に岸和田玩具店って店があんだろう」
「え、ありました? すいません、全然気づきませんでした」
「なんと。なんと! うちはここでずっーとおもちゃを売り続けて来たんだ。そっれを、いきなりまん前にドデカイおもちゃ屋を建ておって。お客は根こそぎみーんなあっちに行きおる。このままじゃ一家離散じゃ」
そっから、管理人さんのおもちゃに対するアツイものがぶちまけられた。価格などでは勝てないけど、想いでは絶対に負けない。うちは損得の商売だけでやってきているわけではない。子供たちが笑顔で過ごせるようにと何十年も頑張ってきたのだと語る。
それまであんまり喋ろうとしなかったサンタクロースだったが、話に飽きてきたのか管理人さんの話に割って入ってきた。
「でもあっちの店の方が安いしね。同じ商品だったら安いほうがいいに決まってんじゃん。どんな立派なことを言っても、結果的に何が違うのさって話」
般若のようにカンカン顔から普通の表情に戻ってきていた管理人さんの顔が、みるみると般若に戻っていく。
ぶち壊しだ。そう鹿野は思った。せっかく、管理人さんに気分良く喋ってもらって、何事もなく帰ろうと思っていたのに。
般若こと、管理人さんは今にも火を噴きそうになっていたが、それを外に出さずに飲み込んで胸にしまった。
「わかっておる。こんな想いだけじゃどうにもならんことは。だが、この想いをどうやって形にしたらいいのかわからんのじゃよ。そりゃ、安い値段で売ってあげたいが、ああいう大きなおもちゃ屋さんと値段で張り合うのには無理がある」
管理人さんも色々悩んではいるのだ。それに比べてこの男は。そう思って、あくびをしているサンタクロースを見ていた鹿野にひらめきがやってきた。
「管理人さん、実はこの人本物のサンタクロースなんです」
管理人さんは疑わしい目でサンタクロースを見る。サンタクロースは鹿野を疑わしい目で見た。
「あ、このさい、本物とかはどうでもいいです。とにかく、この人はサンタクロースのように毎年たくさんの人にプレゼントを配っているんです。それを手伝ってもらえませんか。手伝ってもらえるのなら、そのかわりに配るおもちゃはすべて岸和田玩具店で揃えます」
「ほう、どれくらいだね」
鹿野はこの食いつきに手ごたえを感じた。となりに来て小声で、あんな高いおもちゃ屋で仕入れたら利益がガタ落ちだぞ、と不平を言うサンタクロースを黙らせ、依頼の詰まった白い袋を管理人さんの前に置いた。
「ここに300近いお客さんのリストがあります。手伝ってもらいたいのは、この子供たちに24日の夜、サンタクロースの格好をしておもちゃを届けることです。どうですか?」
「なるほど、サンタクロースが家にやってくるという伝説になぞらえて、おもちゃを配送するわけじゃな。そりゃおもしろい。うちでやらせていただきますよ。さぁ、今すぐスタッフかき集めんべ。こりゃ忙しくなるぞー」
そう言って管理人さんは駆け下りていった。
「伝説じゃないっつーの。目の前にいるっつーのに」
サンタクロースはこの案にあんま乗り気じゃないようだけど、否定もしなかったってことはとりあえずOKってことなんだろう。いろんな問題がとりあえず解決に向かって落ち着いてきた鹿野は、ふとサンタクロースにどうしても聞きたいことがあることに気づいた。
「そうだ、あの」とまで言いかけたところで、サンタクロースは、儲けの分配の交渉に行かなくては、と管理人を追って駆けていってしまった。
呼び止めようと思ったが、やめた。その質問はサンタクロースに一番してはいけない質問のような気がしたから。
「サンタクロースは依頼された仕事しかしませんてか」
鹿野はポケットにいつも入っている古びた懐中時計を取り出して、久しぶりにじっくり見つめた。カチカチと今も静かに働きつづける時計がその答えのようだ。
「なるほどね。子供から親にあげるクリスマスプレゼントってのも面白いかもな」
時計の音を聞くために耳を澄ましていたら、下のほうで管理人さんとサンタクロースが言い争う声がかすかに聞こえてきた。しゃんしゃんと鈴のなる音に聞こえなくもなく、はないか。鹿野も、2人のもとに駆けつけていく。

 

 

                        おわり

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