『空も飛べるはず』

「99万人に1人、人間は空を飛ぶことができる。  -Jelly Williams 」

ケンタローはいつもの昼下がりのオフィスで、ふと、そんな言葉を思い出した。

それは、少年の頃、おじいさんが死ぬ間際にくれた本の最後の言葉だった。いわゆる形見だろう、たぶん。その割には本の内容はゲロゲロにつまんなくて、おじいさんの人生はなんだったんだろうと子供心に寂しくなったりもした。

ケンタローは現状に満足していた。ダメもとで受けた憧れの会社に採用され3年目。48階にある小奇麗なオフィス。公私共に充実。まぁ、彼女とは2年前に別れたけれど・・・。でも、人生なんてそんなもんだと思った。今はそれなりにシアワセなんだと思った。

 「あー、あー、本日は快晴ナリ。」

課長のどうでもよい独り言は、みんないつものようにスルーだったけど、全面ガラス張りのオフィスから見える真っ青な空は、確かに雲ひとつ無い快晴だった。

よし、飛べる。ケンタローは、ふと、そう思った。

別に自殺願望があったわけじゃない。なんだか良くわかんないけど、空が青かったから。ほんとに一面真っ青で、ただ、 叫びたくなるような青空で。なんかよくわかんないけど不安で。ちょっと好きだった秘書課のゆりちゃんは結婚しちゃったし、お昼のラーメンはナルトが入って なかったし、自分の蝶々結びが間違っていることに初めて気付いたし、・・・・。

もう止められない。俺が99万分の1だ!飛ぶぞ!!!!

ケンタローは心の中で飛びます宣言をして、革靴の靴紐をギュッと締めなおす。

よし!!・・・・!?

と、自分の蝶々結びが間違っていることを思い出す。かた結びに締めなおす。ここまで、飛びます宣言から、約35秒。

自分のイスから跳びあがる。一気に駆け出す。窓までは30メートル。

みんなが叫んでる。よく聞こえない。体感時速200キロ。

課長、うそーんって感じの顔してる。彼の月給は50万。

ガゼルみたいに軽やか。窓まで残り5メートル。

力いっぱい踏み込んで、

思いっきり集中して、

最高のイメージを思い浮かべて。

ジャンプ!

頭から!

ガラス張りの窓へ。

空を飛ぶこと。

プライスレス!

がっしゃーん!!!

と、窓が豪快な音を立てて割れたのは、ケンタローのイメージの中だけ。硬いガラス窓は、ビクともせず、ヒビさえ入らずに、ただ青空を映していた。

したたかに頭を打ち付けて、薄れゆく意識の中、ケンタローは、考えた。

「蝶々結びのやり方しらないし。ゆりちゃんの旦那がどんな野郎かしらない。なるとも食べたい。空を飛ぶのは、また今度かな。」

3:00ちょうど。おやつの時間だった。

 

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