『人生、是、将棋也』

ついに、竜王戦が手の届く位置にまで来た。
将棋界の頂点が、すぐそこに。

将棋、将棋、将棋、SYOUGI?、しょーぎ!!

思えば、
物心ついたときから駒を触り続け、
盤の目を見つめながら年月を重ね、
将棋だけをただひたすらに想い、
一直線に全てを捧げた我が半生。

わたしの全ては将棋のためにあって、
将棋以外はなにも存在しなかった。

右から、左から、後ろから、
それで良かったのか?それで良いのか?
声なき声が語りかける。
別の人生、別の生き方、犠牲にしてきたものがたくさんあるのでは。
大切なものが、たくさんあったのでは。

 

ここ最近、そんな思考を繰り返してしまう。
竜王戦が近いというのに。

「おっと、赤信号か。それにしても、ここはいつも人がたくさんいるなぁ。」

あやうく車の行き交う車道に飛び出しそうになりながら、冷静な自分を取り戻す。
ふと横を見ると、青信号を待つ人々が自分と横一直線に並んでいた。

横断歩道の前であるから、それは当然の風景ではあるのだが、何か感ずるものがある・・・。

うん?ひい、ふう、みぃ、・・・左に6人。
おや、右には、・・・2人。

歩行者が、私を含め9人か。
横一列に9人。
歩行者が、・・・いや、歩が9人。
いや、9枚!

はっ!
向かいの歩道にも、9枚あるではないか!

これは、・・・まさに将棋!!

 

わたしは、歩の位置に立っていた。
前に進むことしかできない、歩。

歩か・・・。

・・・なるほどな、はは、おもしろいものだな。
そうだな、私は、まだまだ将棋の世界では、”歩”でしかないではないか。
右、左の人生なんぞは、金に成ってからでも遅くないというわけか。

今は、ただ将棋のことを考え前進せよという神さまの思し召しかな。
わかった、前にしか進めないのならば、どこまでも前に進んでやろうではないか。

「待ってろよ、竜王。」

 

そのとき、後ろで動く気配。
振り向くと、その位置は、・・・王将!

とっさに私は掴みかかる。
「ダメだ。この局面で、王将はうかつに動くべきではない!!」

「はぁ、おっさん頭だいじょぶか。」

 

 《おわり》

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